4−3 セビーリャ県立美術館

建物外観−17世紀建立の修道院を利用したもの

スペイン全盛期の名画の数々を収蔵する美術館。中でも、セビーリャの人々が愛してやまないヌリーリョの作品を集めた第五展示室(注:今回は、第Z室になっていた)は絶対に見逃せない。受胎告知を受ける聖母マリアを暖かな慈愛に満ちた目で描いた「無限罪のお宿り」は、マドリッドのプラド美術館の同題の作品と並び称される最高傑作の一つで、キリスト教徒ならずとも深い感銘を受けるだろう。−わがまま歩き「スペイン」から−

 

写真左は、マドリッドのプラド美術館にあるムリーリョ「無原罪のお宿り」−下記参考のフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 からダウンロードした−

右は、県立美術館の1階に展示してあったもの。一見ムリーリョ作かと思ったが違うらしい(右のキャプション)。スペイン語が読めないのではっきりしたことは分からないが、1723年の作でムリーリョは1682年に亡くなっているので、彼の作ではあり得ない。そしてこのキャプションにMurilloという語が2回でてくるので、作者と彼とは何らかの関係があったと思われる。なお、2階にムリーリョの絵が展示されていたが、残念ながらこれに類似するものは見あたらなかった。

ムリーリョの作品(ここは、ノーストロボなら、写真撮影はOKだった)

 

キャプションにMurilloとあり、既に亡くなっている彼(1682年没)を、誰かが1723年に描いたものか(冒頭にCopiaとあるのは、複製画か?)。

 

その他、1,2階に展示されていたものの一部(キャプションは割愛した)

最後の絵の女性は、何処かで同じ顔立ちのを見た気がするが思い出せない(>_<)

 

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参考    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 から

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ

バルトロメ・エステバン・ムリーリョBartolomé Esteban Perez Murillo1618年1月1日 - 1682年4月3日)は、バロック期のスペイン画家

甘美な聖母像や、愛らしい子どもの絵で知られるムリーリョは、スペイン絵画の黄金期である17世紀を代表する画家である。

1618年、スペイン南部のセビリャに生まれる。14人兄弟の末子で、幼い頃に両親を亡くし、姉夫婦のもとで育てられたというが、その名声に比して伝記の細かい部分には不明点が多い。一時期マドリードに移住したという説とこれを否定する説とがあり、マドリードに移住したとされる時期についても諸説があるが、いずれにしても生涯の大部分をセビーリャ周辺で過ごしている。1682年にカディス(セビーリャ南方の海辺の町)の修道院で制作中、足場から転落したことが原因で死去したという。

スティロ・バポローソ(薄もやの様式)と称される、画面全体が薄もやに覆われたような夢幻的な作風は、1670年頃からの晩年の作品に顕著である。聖母マリアの純潔性をあらわした『無原罪のお宿り』を題材とした絵を何枚か残しているが、特にセビーリャ美術館に所蔵されている作品の、夢見る乙女のようなマリア像と彼女を取り巻く可憐な小天使たちのイメージは、次の世紀のロココ美術を先取りしている感がある。疫病で亡くしてしまった自分の子供達を愛しむかのように、子供を描いた絵も多数残している。ぼろをまとった貧しい少年たちをありのままに描いた風俗画にも傑作がある。 (彼は子供を次々と5人もペスト等で亡くし、6人目の娘も耳が聴こえなかった為その娘を思い最高傑作の無原罪のお宿りを描いた)

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